お墓
新聞を読んでいて、ああ、私と同じ感覚の人ってやっぱりいるのだ、と思った。日経の特集記事「老いを生きる」の最終回(第7回、2010年1月5日朝刊)。63歳の女性が、墓標がわりに樹木が植わる樹木葬墓地で、「夫とは別に、家族同然だったペットと眠る道を選んだ」という記述。
商社マンだった夫(63)との夫婦仲は悪くない。だが夫の郷里の墓で、つきあいの薄い夫の親族らと“同居”すると思うと気がめいった。
のだそうだ。
私も、まだ具体性は欠くけれど、じつは同じようなことを密かに考えている。
何年か前、春のお彼岸の墓参の運転手として、オットの郷里の秋田へ行ったときのこと*1。秋田市内から車でずいぶん走った山深いところにある墓地へ行き、まだ存命だった認知症の義父の手を引き*2、お参りの妨げになる墓前の雪を踏み固めながら、「あー、ここに入るのかー」と憂鬱な気持ちになった。
中に入っているのは、私の知らない人ばっかりなんだよな。ここに閉じ込められて、どこへも行けず(←当たり前だ)、私の知り合いは誰も訪ねて来てくれないんだよな、なんて思ったのだ。
私たち夫婦には子はおらず、私の実家は名古屋。最初の仕事で関東に出てきて、多分これからずっと東京住まい。もちろん、東京に自分の墓を作ったとて、誰が墓参りをしてくれるわけでもなかろうという意味では、秋田の山奥の先祖代々の墓でも同じなのだろうけれど、平均余命通りであれば、私はオットを見送ってから十数年ひとりで生活することになる。中年の現在でさえ、毎年のお盆の墓参はしんどい。ましてや、高齢になってから、オットの郷里である以外に自分とは何の関係もない土地に自分でひとりで行くのはかなり難しいんじゃないか。
だから、オットを見送るときに、こっそり分骨してもらい、自分はそれをお墓のかわりにして、自分が旅立つときには、それと一緒にどこかに埋まりたい……。でも、それはオットを引き裂くことになるのだろうか。いずれにしても、オットにはこんなこと言えないのだけれど。どんな顔をされるかわからないから*3。